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岡崎の殿様のお屋敷 エコヂカラ


古いお屋敷好きの私。またまた素敵な建物に出会ってしまいました!

モザイクタイルの美しい玄関を通り案内されたのは使者の間の呼ばれる和室。外観はレンガを使った洋風建築なのに中に和室がある和洋折衷のつくりは、私たちが住んでいる現代の住宅にも似ているような気がします。

ここは岡崎市の東公園の一角にある「旧本多忠次邸」

昭和7年に東京の世田谷に36歳だった忠次が自ら設計して立てた邸宅です。フランス瓦の屋根にモルタル壁の洋風建築で国の登録有形文化財にも指定されています。
本多忠次邸館長の小野鋼二さんにうかがうと・・・
「個人の空間として残っているのが珍しいんです。
36歳の独身の忠次さんが自ら建築の勉強をして当時の最先端のお家を作ったので、大変大切に荒れていたそうで、GHQに接収されても、手を入れず残ったという点が価値のある所です。」とのこと。
銀行やホテルなどのこの時代の建物は残っていますが、個人の家で残されているのが珍しいそうです。

忠次は徳川四天王として名高い本多忠勝の子孫で、最後の岡崎城藩主16代忠直(ただなお)の孫にあたります。平成11年に103歳で亡くなるまで暮らしたこの邸宅は途中GHQに接収されたり歴史に翻弄されますが、忠次が改築をしてくれるなと直訴の手紙を書いて(この手紙も展示してあります。)守ったというほど、愛情のこめられた建物です。

本多家から世田谷にあったこの家の寄贈申し出があり、忠勝のふるさとである岡崎市が手を上げました。平成13年に受託し、市民ワークショップなどを重ねて保存地の選定を行い、平成21年から復原工事に着手、24年に開館しました。
復原に際して、元の部材を最大限生かしましたが足りないところは新しく作らないといけません。
意匠のポイントとなるモザイクタイルは常滑で、瓦は高浜と、幸い地元に産地があったのですが、漆喰職人がいない・・・天井の漆喰細工などは特に苦労したそうです。
この家が復原されたとき、学芸員の中野さんは「お殿様が岡崎に帰ってきた!」と感じたそうです。忠次が愛したこの邸宅が岡崎の皆さんにも長く愛してもらえたらいいなあ~と思った瞬間でした。

岡崎市旧本多忠次邸は入館無料ですが30日までお屋敷の中にガラス器と花をかざった「アール・デコの煌き ルネ・ラリック展」が開催中。この期間は一般300円小中学生150円が必要です。
月曜休館。開館時間は午前9時~午後5時。入館の際、声をかければ案内してもらえます。