【終了した番組】山浦・深谷のヨヂカラ!

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わたしたち シネマフラッシュ


9月30日から中部地区は「名演小劇場」 その後、全国で順次公開の「わたしたち」

<あらすじ>
第66回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門を皮切りに世界中の映画祭で傑作作品として話題となった韓国映画「わたしたち」。先日のあいち国際女性映画祭のクロージング作品として上映もされ、いよいよ公開となります。誰もが通り過ぎてきた子ども時代の世界を通して、いじめや、家庭環境の格差など現代人が抱える社会問題を盛り込みながら他人との繋がりの中で生きる「わたしたち」の関係について問い掛けていきます。

<松岡ひとみの注目ポイント>

①「子どもたちの表情」

本作は、韓国の新鋭女性監督の作品で元小学校の教員ユン・ガウン監督の自伝的な作品です。小学3年生の10歳のソンという女の子を中心に物語が進行していきます。人付き合いが苦手なソンは軽食屋を営む母、工場で働く父、そして4歳の弟がいる4人の中流家庭。クラスにひとりはいるであろう、成績優秀、美人、お金持ちのボラは地味なソンになにかとちょっかいをだし、ドッチボールのチーム分けをする時ソンが最後まで選ばれないとか、すぐにボールを当てて場外に送り出すとか、
一人だけ誕生会に呼ばないとか地味に虐めている。ソンは、本音が言えないのでじっとガマンするしかない。
そんな中、夏休みにはいり、新学期から転校してくるジアが近所に引っ越してくるのです。ジアは転校前に両親が離婚しお祖母ちゃんの家に引き取られています。ソンとジアは夏休みの間、とても仲良くなりお互いの家を行き来し親友になります。転校生のジアは裕福で塾にも通っているのですが、そこ塾にはソンを虐めているボラも通っていたのです。ソンの家は塾に通う余裕はない・・ソンはジアとの幸せな時間が崩れてしまうかも知れないと不安におもいつつ、新学期を迎えます。ソンの予感的中で親友と思っていた転校生のジアはすっかり女番長のボラのグループにはいり、ソンを無視します。

ひとりぼっちのソンの悲しげな表情、嫌われるのが嫌な転校生ジアのソンに対して申し訳なさそうな顔、自分が一番じゃないときがすまない、裏を返せばもっているもの失いたくないから強気なふりをするお金持ちのボラの負けん気の強さ。この三人の表情が演技ではなくとてもナチュラルなのです。子ども世界も他人との関わりの中で、子ども達がどのように生きているのか台詞よりもその時の、その瞬間の感情をしっかり映し出していきます。今回、一切台本はありません。3ヶ月間のワークショップで仲良くなりすぎてしまった子役達を劇中の3人の関係に引き戻すのは大変だったそう。監督が、各シーンで役のキャラクターを説明し、このときソンならどんな顔をする?そんな想いなのか?と指導しながら撮影していったそうです。


②「タイトルが意味すること」

「わたしたち」
この意味はとても深く少女たちの関係を「わたしたち」と「私たち以外」でわけているのです。クラスで一番の優等生ボラを中心とした「わたしたち」は集団をつくり、そこに安心感をえて、まるで特別な存在であるかを示し優越感に浸っています。集団に属していないわたしたち以外のソンは彼女たちに認めてもらえない仲間に入れてもらえないという劣等感を抱え、わたしたち以外の子ども達もそれを敏感に察知する。先ほど説明したように転校生とひとりぼっちのソンが急速に仲良くなったのは
「私たち以外」の存在同士だからです。「わたしたち」に属した転校生は、「わたしたち」から嫌われないように嘘をつき自分に無理をする。「わたしたち以外」のソンはこの状況から早くぬけたい。なんとかまた仲良くなりたとおもっているのですが、本音を伝えることが出来ない。そんな中4歳の弟に教わるのです。4歳の弟は年上の男友だちがいますが、じゃれていつも殴られてたんこぶを作っているのです。ソンは弟に「いつも殴られてばかりいるのになぜ一緒にいるの?」と問い掛けます。
そこで弟は素直なある言葉を発します。4歳児から教わるのです。「わたしたち」というタイトルにはとても深い意味があります。

この映画を観た後は自分の子ども時代を思い出す方も多いと思います。大人になっても他人との関係の中で生きていくわたしたち。これはどの世代でも共通することではないでしょうか。

プレゼント
「わたしたち」 を、映画鑑賞券 ②名ペアでプレゼント!
ハガキ 〒461−8503東海ラジオ /FAX 052−961−0077
メール yo@tokairadio.co.jp
「山浦・深谷のヨヂカラ!シネマフラッシュ」係まで
9月25日(月)必着でお送りください。
当選者は、来週月曜日のエンディングで発表します!