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ゲンカレチ 専務車掌 源石和輝

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運命の番組 定期列車

1997年10月12日日曜24時00分。
ひとつの番組がひっそり産声を上げた。

車が故障してロードサービスを呼ぶコントで幕を開け、
「プリンに醤油かけたらウニの味」みたいな食レポを行い、
「女子高生の足は臭いか?」という噂を街に出て検証し、
リスナーから「マイCM」を募集し、
気になるニュースを掘り下げ、
音楽をかける。
そんな30分。

週を追うごとにハガキは増え、
確かな手応えを感じていたが、
3週連続休止の憂き目に遭い、
明けたその日が最終回。
無性に悔しかった。
わずか5回の運命だった。
しかしそれは“運命の番組”になった。

直訴が実って翌年復活するも15分に短縮。
アナウンサー口調は鋭く変化し、
中高生たちに喧嘩を挑まれ、
よせばいいのにそれに応える。
ネットより先に“炎上”を経験した。
だからこそ“顔”が見えた。
気づけば1回で100通のメッセージを読む番組になっていた。

リスナー集会も催した。
公開生放送もあった。
検定試験も行った。
最初に感じたより大きなうねりが訪れた。
同じ分だけあちこちから叱られた。
何度も最終回を迎えた。
“最後の最終回”からもう7年半経つ。

とかく過激さが注目されがちだが、
自分にとっては“種”となる番組である。
アナウンサーとして、
パーソナリティとして。

第1回放送の構成をもう一度見てほしい。
コントから表現力を、
食レポから描写力を、
街レポから観察力を、
リスナーから想像力を、
ニュースから洞察力を、
音楽から伝達力を培った。
しゃべり手の基礎が詰まった番組だったのである。

これらは後にさまざまな担当番組に“株分け”された。
「DON-TSUKI」も、
「美味時間」も、
「土曜スタイル」も、
「モルゲン」も、
「音博」も、
「ひるカフェ」も、
すべてこの番組の延長線上にある。
口調は異なっても根っこは変わらない。

“伝えたいことをどうやって伝えるか”

思えばそれを追求しつづける20年だった。
人ひとりが成人する時間をかけて、
しゃべり手として大人になれたかは分からない。
ただ“大人”と“大人しい”は違う。
当時の中高生たちは着実に成長したことだろう。
そして今なおラジオを支えてくれている。
それがささやかな誇りである。

アナウンサー3年目。
このままでは要らないと言われる瀬戸際にあった。
この番組との出会いがなければどうなっていたかわからない。

「流石の源石」。

誰が何と言おうと“源点”だ。
しかし…

節目にひっそり内祝いとはさすげんらしい。