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ゲンカレチ 専務車掌 源石和輝

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初ィメンズ 定期列車

名古屋ウィメンズマラソンから5日が経った。
初実況から5日が経った。改めて振り返る。


3月9日朝7時30分。スタートのナゴヤドームは気温3度。
キリリとした空気だが、風がないためか不思議と寒さは感じない。
淡いブルーの空がほんのりピンクに染まっているようにみえる。


17000人の女性ランナーが醸し出す華やかさがそうさせるのか。
ウォームアップする人、ウェアを整える人、化粧を直す人。
緊張感よりも高揚感が、ドーム前の道路を支配していた。


さてこちらも準備を整えよう。
助手席の限られた空間が「放送席」。
ダッシュボードにコース図と選手名を記した付箋。
膝の上には放送台本。連絡用の電話も3台用意。


ドアの肘掛にはストップウォッチ。


まさかのためのペットシートも忘れない。


出発前に開かれるドライバー会議。
走行中の注意事項を最終確認する。
魚市場のような雰囲気である。


スタート直前、800m地点に移動して待機。
やがて号砲が高鳴り、緊張が高まる。


実況は前に源石、後ろに前野。

前日のリハーサルでは無線チェックも兼ねてひたすらしゃべっていたが、
当日は放送センターの大澤アナや第1放送車の森アナの隙間をうかがう。
「大澤さん!」と呼びかけてしゃべり始め、黙ると再び大澤アナが口を開く。
いわゆる“割り込み”は、ワイド番組育ちには慣れないスタイルだ。


仕事は実況だけではない。
前野アナやミキサーやドライバーに指示したり
本社放送センターのスタッフと連絡を取ったりと、
ディレクターとしての役割も担う。


この日になって初めて見るランナー。
背中のナンバーと手元のリストを照合するが、
時折頭が真っ白になって選手の名前が飛ぶ。
「落ち着け」と放送センターから指示が飛ぶ。

窓を締め切った車内の気温はぐんぐん上昇。
選手名を書いた付箋が反ったり飛んだりする。
台本の隙間や上着の袖にくっついたりする。
いやな汗をかこうにも乾燥していて一滴も出ない。

放送車は沿道のノイズもマイクで拾うから、
窓を締めていても外の音が聴こえる不思議な感覚。
外気との温度差に注意を払い、喉の渇きに耐えながら、
消えた付箋としゃべるタイミングを探しつづける。


当然、沿道でことらが応援しているのも気づかない。
あとで写真を見せてもらい、とてもうれしかった。
本番で見たら泣いたかもしれない。
「ウィメンズマラソンなのに“パパ”はおかしいだろう!」
と笑いが止まらなかったかもしれない。


本番終わればグロッキー。車降りれば生まれたての鹿。
結局無給水で“完走”。身体もすっかり“乾燥”。
走ってもいないのに2キロ痩せた。新しいマラソンダイエットだ。
こうしてアナウンサー20年目で“スポーツ生実況童貞を喪失”した。


宝物その1

「深夜番組をやりたい!」
20年前、こう言ってスポーツへの道を自ら閉ざした。
深夜番組の夢は叶ったが、実況の素養がないことを後悔もした。
「DON・TSUKI」(1999年)や「高校ラジオクラブ」(2005年)で
高校野球の実況を録音して流したり、
「美味時間」(2005年)で愛知万博会場を歩きながら放送したのは、
いま思えばそういう気持ちの表れだったのだろう。

地道な取材や資料作成が自分に合わないというのもあった。
その地道さこそ大切だということを、今回のマラソンを通して知った。
コースを歩く、選手の実績を知る、走り方を研究する。
年1回のこの日のためにしゃべる材料をこれでもかと積み上げる。
積み上げたものが本番で活かされるのは氷山の一角。
大部分は捨てられる運命にあるが、
ワイド番組と違って何が起こるかわからない実況を
安心して務め上げるためには必要なことなのだ。
コストと時間を切り詰めていては決してたどり着かない境地。
これはスポーツ実況以外のどんなことにも通じるはずだ。
恥ずかしいことだが、スポーツアナたちに今更ながら教わった。

恥ずかしいといえば、本番前は毎晩いやな夢を見た。
何の勉強もせずに当日を迎え、慌てふためく。
放送車に乗り込もうとナゴヤドームに行くが、
どれが放送車か分からないうちにレースが始まってしまう。
車内で急な尿意や下痢に襲われる…
こんな夢を見るのは新人以来だ。

夢ばかりではない。
先月の急性喉頭炎で声が出なくなった“現実”も。
これで千載一遇のチャンスを失ったらどうしよう。
4日にわたる休みの間、そんなことばかり考えていた。

「大澤さん森さん、今までマラソン明けの週に休んで
『モルゲン!!』の代打をやらせてしまいすみませんでした!!dgz」


仕事で極度に緊張したのは3回目。
「流石の源石」第2部最終回(1998年)、
選挙特番初のスタジオ進行(2009年)、
そして名古屋ウィメンズマラソン実況。
すべてがその後の仕事に活きている。
今回もそうでありたい。


宝物その2

何年経っても新しい経験ができる。
ラジオはいつまでも面白く、奥深い。